カミュ の ペスト。 『ペスト』アルベール・カミュ 僕らは不条理の世界を生きている

カミュ『ペスト』さらに売上急増し第4位に:週間ベストセラー 文庫ランキング(2020年4月14日 日販調べ)

カミュ の ペスト

感染症扱う小説や歴史書に注目 カミュ「ペスト」15万部増刷 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、カミュ『ペスト』が異例の売り上げで話題になった。 小説以外にも、過去の感染症の研究や歴史を扱った本もじわじわ売れている。 全容がまだ見えないウイルスと向き合う手がかりを、本に求める読者が増えているようだ。 新潮社によると、『ペスト』は2月以降で15万4千部を増刷し、累計発行部数は104万部になった。 ペストにより封鎖された街で、伝染病の恐ろしさや人間性を脅かす不条理と闘う人々を描く。 フランスやイタリア、英国でもベストセラーになっているという。 日本の小説で、新型コロナによる混乱を「予言している」と注目が集まったのは、高嶋哲夫『首都感染』(講談社文庫)。 中国で強毒性の新型インフルエンザが発生し、東京が封鎖される。 2月以降、計6万4千部増刷した。 講談社の担当者は「パンデミックが発生した場合に、何が起こるのか、どのように対処したら良いのかを、読んだ人が冷静に判断できる内容」という。 ほかに小松左京『復活の日』(角川文庫)、吉村昭『破船』(新潮文庫)なども売れている。 人文書では、1983年刊行の村上陽一郎『ペスト大流行』(岩波新書)が、品切れ状態から約1万部増刷した。 『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(東洋文庫)は、100年前の内務省衛生局による報告書に、解説を付けた一冊。 解説を書いている仙台医療センターのウイルス疾患研究室長・西村秀一が、古書として出回っていたこの本を入手、「現代に復活させようという強い思いが生まれた」と記す。 2008年に刊行、品切れ状態だったが、3月末に、ウェブで無料公開(4月30日まで)すると大きな反響があり、重版になった。 国内だけで38万人以上の死者を出したとされるスペイン風邪でも、「人の密集を避ける」といった基本は変わっていないことがわかる。 西村は「あのころからもう一世紀もたとうとしている今、われわれはいったいどれだけ進歩したのだろうか」と問いかけている。 より長い時間軸を扱った本では、カナダ生まれの歴史学者ウィリアム・H・マクニールによる『疫病と世界史』(中公文庫)が3月末に1万5千部を重版した。 世界各地で感染症対策に取り組んできた山本太郎の『感染症と文明』(岩波新書)は、11年の刊行時は初版にとどまっていたが、増刷を繰り返した。 担当編集者は、「『ウイルスとの戦い』という言説が多いが、文明の中で必然的に出てくるもので共存せざるを得ないものだとしている点に独自性があるのではないか」と話す。 (滝沢文那)=朝日新聞2020年4月15日掲載.

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アルベール・カミュ『ペスト』 あらすじ

カミュ の ペスト

第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家アルベール・カミュ 1913- 1960)。 彼が自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。 舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。 猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。 その一方でオラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。 医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。 後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者……。 圧倒的な絶望状況の中、それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。 いったい彼らを支えたものとは何だったのか? 「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。 過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。 カミュ自身がレジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。 それだけではない。 「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」「この世にはびこる悪」……私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。 「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもあるのだ。 番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを読み解いていく。 4月11日(土)【Eテレ】午後3:00~4:36 カミュ「ペスト」再放送に寄せて 〜「誠実さ」を武器に闘うこと〜 100分de名著・カミュ「ペスト」一挙アンコール放送をご覧いただき、ありがとうございました。 SNS上では今までにない数のご意見や感想をいただきました。 全て目を通させていただき参考にしています。 今回の再放送決定には特別な思いがありました。 再放送に向けてのチェック作業のために番組を見直す中で、医師リウーとその友人タルーたちの姿に、今、日本全国、全世界で最前線で闘う医療従事者の姿が重なってみえたのです。 専門家ではない私は、ただ祈り応援するしかありませんが、下級役人のグランのように一市民として彼らを支えたい、そう強く願っています。 当面、私ができることは、「名著」の中に、厳しい状況に立ち向かうための智慧や勇気を見出し、お届けすることしかないと思っています。 この作品が何よりも凄いところは、今いるそれぞれの現場で、私たちが何を大事にして行動しなければならないのか、どんな声を上げていかなければならないのかを教えてくれることです。 「ペストと闘う唯一の方法は誠実さだ」と主人公のリウーは語りました。 「自分の職務を果たすことだ」とも。 今の私たちが新型コロナ・ウィルスと闘うために必要なのは、何よりもこの「誠実さ」だと思います。 「ペスト」を読み返す中で、私自身も、自らの甘さを痛感させられましたし、心を新たにさせられました。 NHKオンデマンドで、現在も配信中です。 今後も一人でも多くの人にみていただきたいと願っています。 ペスト蔓延という事態の中で繰り広げられる出来事は当時の状況と瓜二つである。 それは現代社会にも通じているといってよい。 後手に回り続ける行政の対応、人々の相互不信、愛する人との過酷な別離…精神も肉体も牢獄に閉じ込められたような状況の中で、それに照らし出されるように浮かび上がってくる人間の尊厳。 極限状況の中で、「誠実さ」「自分の職務を果たすこと」といった言葉を唯一の支えとして敢然と災厄に立ち向かっていく人々が現れる。 第一回は、やがて多くの人々や行政をも突き動かしていく医師リウーやその友人タルーたちの姿を通して、極限状況下における人間の尊厳とは何かを考えていく。 ペスト予防や患者治癒の試みがことごとく挫折する中、現実逃避を始める市民に対して神父パヌルーは「ペストは神の審判のしるし」と訴え人々に回心を迫る。 その一方で、保健隊を結成しあらん限りに力をふりしぼってペストとの絶望的な闘いを続ける医師リウーやその友人タルー、役人グラン、脱出を断念し彼らと連帯する新聞記者ランベール。 彼らを支えたのは、決して大げさなものではなく、ささやかな仕事への愛であり、人と人とをつなぐ連帯の感情であり、自分の職務を果たすことへの義務感だった。 第二回は、人々を絶望な状況に立ち向かわせる「希望の源」は何なのかに迫っていく。 しかし、それは病状を改善させるどころか苦悶の中での死をもたらした。 罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの心は大きく動揺。 神を信じないという医師リウーは彼に対し「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない。 私はそれと闘い続ける」と宣言。 それを受け、パヌルーは異端すれすれの思想を人々の前で表明、リウーたちと信条を超えて助け合うことを確認する。 一方、リウーの友人タルーは、若き日の挫折から抱き続けた罪悪感を告白し、「神によらずして聖者たりうるか」を自らに課すという信条を吐露する。 第三回は、それぞれの闘いを通して、人は「神」という存在なしに倫理を貫き人間の尊厳を守り続けることができるのか…というカミュの根源的な問いについて考える。 そんな中、医師リウーを支えてきたタルーがついに発病した。 彼は「今こそすべてはよいのだ」という言葉を遺し静かに死を受け容れる。 追い討ちをかけるように、遠隔地で結核の治療を続けていた妻が死んだという知らせがリウーのもとに届く。 最後までリウーを打ちのめし続ける「不条理」。 それでもなおリウーは後世のためにこれら全ての記録を自ら記し残していこうと決意する。 第四回は、思想家の内田樹さんを交えて、彼の思想の根幹にあるキーワード「反抗」の深い意味を明らかにし、人間は、私たちを打ちのめし続ける「不条理」とどう向き合えばよいのかを探っていく。 グランのように闘うこと 中条省平「実は、こんな風に作品のエッセンスを凝縮してしまうと小説の面白さというものが見えなくなってくるんです。 たとえば、いろいろな人生の不条理や悲惨っていうものと闘うとか敗北するといった物語を書いていながら、一方で「セラヴィ(それが人生さ)」と語るおじいさんをぱっと出してくる。 カミュは人間を見る目が多面的だから、こういうことができるのであって、英雄が物語を進行させているんじゃない。 だから、ぜひ原典を読んでいただきたいという気持ちが強いです」 内田樹「文学作品っていうのは、いろいろな読み方があるわけで、たぶんここで提示したのは一つの読み方であって、本当に無数の読み方がある。 今回、焦点を合わせた登場人物とかエピソードとか言葉とかだって、全体の1パーセントにも達しないわけで、残りの99パーセントの中にも珠玉の言葉や場面があります。 トーク内容の密度が高すぎて、どうしても編集で落とさざるを得なかった言葉ですが、「ペスト」ほど、中条さんと内田さんがおっしゃったことを痛感した回はありません。 また、番組ではほとんど触れることができなかったリウーの母親、人生の深みを知りぬいているような、豆を数え続けるおじいさん…彼らのような名もなき人々の存在感もすごい。 点描される彼らの人生からも私たちは大きなことを学べます。 ですから、ぜひ「ペスト」は原典を読んでほしい。 これは制作者としての切実な願いです。 いいようのない衝撃に打ちのめされるとともに、不思議に「生きる力」や「勇気」を与えてくれた本で、何度も読み返しました。 信じていた友人の裏切り、両親との意見の相違、受験戦争の空虚さ……スケール感はまことに小さいですが、さまざまな「不条理」に直面していた私にとって、カミュは生きるための武器を与えてくれました。 それは、リウーのいう「誠実さ」であり、「職務を果たすこと」というシンプルな言葉。 この頃の私にとって、これらの言葉がどれだけ支えになったことでしょう。 今から15年くらい前のことと記憶します。 社会人になって中堅どころの位置をしめるに従って、どこか惰性に陥っていた私に冷や水を浴びせてくれました。 この本をきっかけに猛烈にカミュの著作を読み返したのを今でもよく覚えています。 そこまで極端ではなかったかもしれませんが、カミュがもっとも忌み嫌ったそんな思考法に、当時の私は陥っていたと思います。 世界は複雑で、シンプルに色分けして理解できるわけはないのに、善と悪という二色で塗り分けることにどこか快感を覚え、その論理を振り回してしまうこともありました。 中条さんが執筆した番組テキストからその解説を引用させていただきます。 この現実には完全に正しいことも完全な間違いもない。 それなのに、この世界を善と悪、白と黒に塗り分け、自分を正義の側に置き、邪悪な存在を「外側」に作り出して糾弾をし続ける精神のありよう。 それこそが「ペスト」という象徴を使って、カミュが指し示そうとしたことだったのだと気づきました。 そして、自戒をこめて思うのですが、「ペスト」が暗示したこのような精神のありようは、今、世界やこの国にも蔓延しています。 この点については、番組の中でもいろいろなポイントが語られましたが、ここでは、時間の関係でどうしても番組の中にいれられなかった議論を一つご紹介いたします。 でも、そこに深い愛情をもっているわけですよね、グランっていう人間は。 それと同じような情熱をもって、淡々とペストとの闘いを引き受けていく。 読んでいると、グランっていう人間に、書き手がずっと敬意を込めていることがわかる。 そんな思いを新たにしました。

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カミュ「ペスト」のあらすじ

カミュ の ペスト

初版本 作者 国 言語 ジャンル 、小説、小説 発表形態 書き下ろし 刊行 6月 受賞 クリティック賞 訳者 日本語訳刊行- 『 ペスト』(: La Peste)は、の作家・が書いた。 出版は。 に40歳台前半でを受賞したカミュの代表作の一つである。 の『』とともに代表的な文学として知られる。 カフカの『変身』は不条理が個人を襲ったことを描いたが、カミュの『ペスト』は不条理が集団を襲ったことを描いた。 この『ペスト』で描かれる不条理はのである。 カミュは、で人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間を襲う代表例と考え、自らが生まれ育ったのフランス領を舞台にしたこの小説を書いた。 物語は、フランスのであるの市をペストが襲い、苦境の中、団結する民衆たちを描き、無慈悲な運命と人間との関係性が問題提起される。 医者、市民、よそ者、逃亡者と、登場人物たちはさまざまだが、全員が民衆を襲うペストの脅威に、助けあいながら立ち向かう。 語り口は、個々のセンテンスが複数の意味を内包し、その一つが現象的なおよび人間の条件の寓意である点で、の小説、とくに『』に通じるものがあると言われている。 カミュのアプローチは非情で、語り手である主人公は、自分たちは結局何もコントロールできない、人生のは避けられないという考えを力説する。 カミュは不条理に対する人々のさまざまな反応を例示し、いかに世界が不条理に満ちているかを表した。 なお、この小説は架空のものであり、オラン市で実際にペストが発生したわけではない。 ドキュメンタリー風に描かれている。 登場人物 [ ]• 語り手:その正体は最後になって明かされる。 ベルナール・リウー:医師。 ジャン・タルー:よそ者、彼の手帳がこの作品のもうひとつの語手。 ジョセフ・グラン:作家志望の下級役人。 コタール:絶望に駆られた男、犯罪者。 カステル:医師。 リシャール:市内で最も有力な医師の一人。 パヌルー:博学かつ戦闘的なイエズス会の神父。 オトン氏:予審判事、「ふくろう男」。 レイモン・ランベール:新聞記者。 喘息病みの爺さん:リウーの患者 あらすじ [ ] はじまりは、リウーを階段でつまづかせた一匹の死んだだった。 やがて、死者が出はじめ、医師のリウーは死因がであることに気付く。 新聞やラジオがそれを報じ、町はパニックになる。 死者の数は増える一方で、最初は楽観的だった市当局も対応に追われるようになる。 やがて町は外部と完全に遮断される。 脱出不可能の状況で、市民の精神状態も困憊してゆく。 ランベールが妻の待つパリに脱出したいと言うので、コタールが密輸業者を紹介する。 コタールは逃亡者で町を出る気はなかった。 パヌルー神父は、ペストの発生は人々の罪のせいで悔い改めよと説教する。 一方、リウー、タルー、グランは必死に患者の治療を続ける。 タルーは志願の保険隊を組織する。 ランベールは脱出計画をリウー、タルーに打ち明けるが、彼らは町を離れる気はない。 やらねばならない仕事が残っているからだ。 リウーの妻も町の外にいて、しかも病気療養中だということを聞かされたランベールは考えを改め、リウーたちに手伝いを申し出る。 少年が苦しみながら死んだ。 それも罪のせいだと言うパヌルー神父に、リウーは抗議する。 確かに罪なき者はこの世にはいないのかも知れない。 神父のパヌルーもまたペストで死んでしまうのだから。 災厄は突然潮が退いたように終息する。 人々は元の生活に戻ってゆく。 ランベールは妻と再会でき、コタールは警察に逮捕される。 流行は過ぎたはずなのに、タルーは病気で死んでしまう。 そして、リウーは療養中の妻が死んだことを知らされる。 市中はペスト終息であちこちから喜悦の叫びが上がっている。 しかし語り手は、ペスト菌は決して消滅することはなく生き延び、いつか人間に不幸と教訓をもたらすために、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに現れるだろう、自分はそのことを知っている、と述べて物語を締めくくる。 他の作品への言及 [ ]• 最初のパートで、リウーは、浜辺で射殺された男の話を耳にする。 おそらくカミュの『』で主人公が射殺したアラブ人のことであろう。 初めの方で、コタールがの『』について言及する。 日本語訳書 [ ]• 『ペスト』上、訳、創元社、1950年。 『ペスト』上、訳、創元社〈創元文庫 B 第53〉、1952年。 『ペスト』下、訳、創元社、1950年。 『ペスト』下、訳、創元社〈創元文庫 B 第54〉、1952年。 『ペスト』訳、新潮社〈カミュ著作集 第2〉、1958年。 カミユ『異邦人・ペスト・転落・誤解』ら訳、新潮社〈世界文学全集 第39〉、1960年。 カミュ「ペスト」訳、 『カミュ 第1』新潮社〈新潮世界文学 第48〉、1968年。 『ペスト』訳、新潮社〈新潮文庫〉、1969年10月。 『』訳、新潮社〈新潮文庫〉、2004年1月、64刷改版。 感染症と社会的関心 [ ] の一つとして、カミュの「ペスト」に対する関心が高まり、、、などでベストセラーになった。 でも小説の設定がコロナ禍と酷似しているとして話題になり、4月には1969年から刊行されている文庫版の発行部数が累計100万部を超えた。 脚注 [ ] []• 、「」は主に文学作品を扱うフランス大手出版社。 ネット上で確認できる。 「カミュの名作『ペスト』を高橋源一郎が読み解く!」NHK 参照 小野文恵アナ:私、本当にアルジェリアのオラン市でペストが大流行したのかと思って、だまされてしまったぐらい…。 高橋源太郎:ドキュメンタリーのタッチで書かれているんですね。 小野アナ:架空のお話なんですが…。 高橋:とは思えないですよね。 新潮文庫版は69年刊行。 増刷は年平均5千部程度が、2020年2月以降だけで30年分相当の15万4千部を増刷した。 時事通信 2020年4月8日 2020年4月9日閲覧。 参考文献 [ ]• 、訳 『異邦人』(改版) 、1995年6月。 初版は1954年9月 関連項目 [ ]• - 朱戸アオによる漫画作品。 日本でペストのパンデミックが起こるという設定 外部リンク [ ]• 2011年2月11日閲覧。

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